攘夷の精神 (冒頭部分)

保田與重郎/初出「文芸春秋」(昭和17・1)



 一

 国学は古典論を立てて、皇神の道義を古の道として明らかにし、皇朝にのみ古の道の伝はつてある事を言説の根底としたのである。神裔を伝へ給ふ国史の精神が厳存し、しかも我が民の心に、かゝる神の思想が生命の原理としてある事実を、異国と異る眼目とし、古の道が我が国にのみ伝はる証としたのである。即ち、万世一系にまします皇統の治す国の古典論である。彼らは価値の原理をかゝる国がらに考へた。国学の文化論の思想は、この国史の精神に立つた文化の考へ方であつた。
 その国学の根本が、尊皇の精神にあることは云ふ迄もない。さらに今日の我々の文化の考へ方に対して示唆するものは、その論理自身のもつた攘夷討幕の思想である。しかし既に云つたやうに、国学の前期に於ては、情勢論的な意味で、攘夷の夷が何であり、討幕の幕が何であるか、これは宣長でもまだよく考へてゐなかつた。即ち彼らは政治的批判や、あるひは情勢論から発して、攘夷討幕を考へ、尊皇の必要にめざめたのでなく、我が心の中の信仰と美の思ひから、国の古典の論を開き、具体的な攘夷討幕の思想的根砥となる論理をうちたてた。
 こゝで我々の考へたいことは、宣長が情勢論から勤皇論をたてなかつたことについてである。

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近現代日本文学史年表