文学非力説 (冒頭部分)

高見順/初出「新潮」(昭和16・7)



 景気のいい文学論が流行してゐるやうで、それに対して私は、文学はそんなに景気のいいものだらうか。力の犇めき合ってゐる外へ私はちよつと出掛けて行つて、文学などといふものはやはり非力なものだといふことを篤と考へさせられた、といった感想を他の場所で手短かに述べたが、まだ言ひ足りない気持なので、ここでまた書くことにする。最近、これも景気のいい文学論のひとつらしいのに、こんなことが書いてあるのが私の眼にとまった。(その筆者の名を出さないのは、よくある、意地悪の軽蔑からではさらさらなく、新聞に出たその文章の二回目だけしか読んでないので遠慮したのである。)「東亜共栄圏確立の道程において先づ日本の文化が東亜諸民族の前に堂々と示さるべきである。その意味においても、私は『私小説』や庶民小説を、これこそ諸君の兄たる日本の文学が、といふ気にはなれないのである。」どうも、かういふのはちよつと困るなと私は思つた。景気のいい文学論のその景気のよさの根底には、ひとつには、かうした「文化」と「文学」の混同があるやうである。内地へ帰ってすぐ、某所で私は、蘭印の文化に就いてといふことで一席喋らせられたが、あとの座談会で、ある人が、東亜共栄圏に於ける文化的指導の方策や如何にと私に質問した。問題が大きすぎ、ちよつと眼を白黒させてゐると、つまり日本文学を向うに持つて行く場合、具体的にどうしたらいいと思ふかといふやうな意味のことをその人が言つた。

(続きは書店または図書館にて...)



近現代日本文学史年表