神の道化師 (冒頭部分)

椎名麟三/初出「文芸」(昭和30・3)



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 高山準次は、かつて思想犯で長い間警察の留置場をたらい廻しになっていたとき、殺人犯としばらく同じ監房で暮したことがあった。その男は、自分を裏切った女とその母親を殺した四十男で、太っている上に頭を剃っているので大入道という感じがしたが、愛想のいい如才のない男だった。だがその男は、毎夜のように寝ついて間もなく、うなされてコンクリートの警察署全体にひびくような大きないやな叫び声をあげるのである。それは、全くいやな声だった。聞いている方が、生きているのがいやになるような声だった。そんなとき看守が来る前に、もう誰かが思わずはげしい敵意をこめて、その男の青い頭をごつんとぶんなぐっていたものである。
 高山準次も、それが思い出されると、情なくもその男と同じような叫び声をあげずにはおられない行為を積み重ねて生きて来ている。以前は、その行為へ社会的な必然性をあたえることによってその自分を正当化していたものだったが、いまでは彼は、自分がその行為へどんな意味をあたえようと、その行為を自分がえらんだという罪は、厳然とあるのだと理解し得るようになったようである。
 ことに準次に思い出されるや否やしめ殺されてしまう多くの顔は、ある時期の彼を何等かの意味で生かしてくれたひとが多く、だからそれらのひとは、少くとも彼の記憶のなかだけでも、堂々と生き得る立派な権利をもっているはずなのであり、

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近現代日本文学史年表