都会の憂鬱 (冒頭部分)
佐藤春夫/初出「婦人公論」(大正11・1〜12)
近所の人たちはその家を見てへんに思つた。そこには若い夫婦ものが二人ゐるきりで、犬が二疋飼つてあつた。妻君の方は毎日、朝のうちから出かけて行つた。派手な服装はただの風俗ではなかつた。その二十ぐらゐの妻君が出かけて行つたあとでは、その家は見たところ空家のやうに感ぜられた。表の戸はいつも一枚だつて完全には明けられてゐなかつた。だがこの家は空家ではない――そのなかに彼が住んでゐたのである。
それは坂の中ほどにある一軒の小さな平家で、その坂はどういふ理由からであるか幽霊坂といふ名であつた。さうしてその名に不相応でないいやな狭い坂道であつた。それにこの道は行きづまりでもなく、またこの大都会の場末といふわけでもないのに、社会に生きて活動してゐる人間にとつては用事のない道であつた。それ故この近所に住んでゐる人ででもなかつたらこんな道のあることは誰も知るまい。そんな坂道の中ほどに彼の家があつた。さうしてそれは一日中日の当ることのない家であつた。その代りには坂の中ほどだから、冬の空風(からかぜ)が巻き上げる砂埃がどつさり家のなかへ這入り込んだ。あまり味気ないやうな気がして彼は表の戸をすつかり明けて見たことがあつたが、そこからは日の光一すぢ射すでもないのに、砂埃がざら/\音を立てながら障子にあたつた。そこで表側の戸は全く開けないことにしたけれども、それでも戸の隙間から寒い風と一緒に砂埃が浸透して来た。
(続きは書店または図書館にて...)
近現代日本文学史年表