断言はダダイスト


 DADAは一切を断言し否定する。
 無限とか無とか、それはタバコとかコシマキとか単語とかと同音に響く。
 想像に湧く一切のものは実在するのである。
 一切の過去は納豆の未来に包含されてゐる。
 人間の及ばない想像を、石や鰯の頭に依つて想像し得ると、 杓子も猫も想像する。
 DADAは一切のものに自我を見る。
 空気の振動にも、細菌の憎悪にも、 自我と云ふ言葉の匂ひにも自我を見るのである。
 一切は不二だ。仏陀の諦観から、一切は一切だと云ふ言草が出る。
 一切のものに一切を見るのである。
 断言は一切である。
 
 宇宙は石鹸だ。石鹸はズボンだ。
 一切は可能だ。
 扇子に貼り付けてあるクライストに、心太(ところてん)がラブレターを書いた。
 一切合財ホントーである。
 凡そ断言し得られない事柄を、 想像する事が喫煙しない Mr. God に可能であらうか。

 神はオールマイテイだとクライストが言つた。
 DADAは一切のものがオールマイテイだと断言する。
 だからオールマイテイは、一燭の電球をオホーツク海に投じても、底の方で、時々灯つてゐるやうなものだと断言する。
 DADAは一切を否定する。
 無我を突き摧く、粉々に引き裂く。
 無二無三になつて無の所で、無理な小便をする。
 仏陀は其処から蟻ほども退く事が出来なかつた。
 DADAは滞る所を知らない。
 DADAは一切を抱擁する。
 DADAは聳立する。何者もDADAを恋する事は出来ない。
 DADAは一切に拘泥する。一切を逃離しないから。
 物事に矛盾や調子を感じなくなつた舐瓜はダダイストになり損ねなかつた。ではない、矛盾や調子もダダイストなのである。
 存在がダダ的なのだ。
 凡てのものは穿き替えられ得る。
 変化は価値だ。価値はダダイストだ。

 誰かダダイストは、食べられないものだと言ひ得るだらうか? では舐められないものであらうか?
 一切は食物だ。食物は無政府主義者だ。

 或ダダイストは死んだ。それは彼が胎児であつて、流産するよりも一世紀も前の事だ。
 千九百廿二年十月九日午前零時三十四分に、地球はお玉杓子の眼球、乃至人間の眼球位に収縮すると予覚したダダイストがある。ハツキリとしてゐる。彼は不死身である。一切の予言は的確だ。

 或ダダイストは、夫を飲めば半千年の間、少しも食物を摂らないで、息災に働く事の出来る薬を発明した。
 彼は階級戦がたけなはになつたら一服宛プロレタリアに分配しようと待ち構へてゐる。

 北極から一輪車で、一秒間と廿二忽しかかゝらないで、若い女が僕の所へ尋ねて来た。
 彼女はブルジヨアを憎むと言つた。
 資本と聞いてさへ身顫ひするのであつた。
 妾は凡ゆる金銀白銅白金を瞬間に唾液にして了ふ磁石を持つて来ましたと彼女は言つた。そして呪文と其の唱へ方を僕に教へた。
 何時でも構ひませんから、あなたが必要だとお思ひになつたら――
 彼女は燐光的の発音だつたと或ダダイストは話した。

 空のマツチ箱と、若干の秘密を右の袂に入れてブラブラ彼は炎熱の電車線路を歩るいてゐた。
 彼は此の頃になつて場末の居酒屋を彷徨き廻つて夜更しも女郎買も止して、ピユリタンになつたと仲間のものに噂されてゐるダダイストであつた。
 彼は下駄を脱ぎ棄てゝ裸になつた。それから着物を丸めて、線路へ叩き付けた。
 袂から煙が出だしたのである。
 交番も直ぐ其処にあつたが、巡査も恐がつて寄り付かなかつたのである。
 彼は、燐寸の擦火で、太平洋を沸騰さすことは易々たるものだ、と此の間も話してゐた。

 或る男は朝起きるとから毎日、寝床に這入つてからも拳銃を離さないで、射撃の練習をしてゐる。
 此のダダイストは市街戦で、七千万の人間を打斃さない限り、ピストルを手から外さないと言つてゐる。

 一人のダダイストは、どんなにくだらないつらい生活でも好い、死ぬのが厭だ、一呼吸でも永く生きて居たい、と遺言の中に書いてゐた。
 彼は或結社の三階の図書室の電燈の紐で首を縊つて死んだのである。
 生前彼は非常に温厚で、結社の規約に違反するやうな言行は一度もなく、皆のものから絶対に信頼されてゐた。
 又色々の涙を、化学的に分析したりして博士になつたダダイストもある。

 DADAは一切のものを出産し、分裂し、綜合する。
 DADAの背後には一切が陣取つてゐる。
 何者もDADAの味方たり得ない。
 DADAは女性であると同時に無性欲だ。
 だから生殖器を持つと同時に、凡ゆる武器を備へてゐる。
 DADA位卑屈なものもない。猛烈な争闘心を腰にブラ下げてゐるから瞬時も絶え間なく彼は爆発し、粉砕し、破壊しつゞける。
 一切のものがDADAの敵だ。
 一切を呪ひ殺し、啖ひ尽して、尚も飽き足らない舌を、彼は永遠の無産者の様にベロベロさしてゐる。



「ダダイスト新吉の詩」(大正12)所収

語釈
【ダダイスト】 ダダイスムを主義とする芸術家。ダダイスムは1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動で、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を特徴とする。
【クライスト】 キリスト。
【一秒間と廿二忽】 一秒間と二十二忽。「忽」は数の単位で、一の十万分の一。


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