必敗者


忘れられていく人間の過程が
いやに透明に見えてきた 今年の冬
気がつかないうちに 私もまた
死にたくなっていたのかもしれない
忘れてはいけないことを さがすような眼で
死亡広告をみる癖がついたし
恋人と会っては 窓外のすがれた景色に視線をそらして
どの毒がいいかと話しもした

そんな今年の冬も終りに近い ある日の真夜中
春のさきぶれの雷が遠くで鳴っていたが
たまたま手にしたパーチザン・レヴュウ誌の最近号で
デルモア・シュワルツが一九三八年に書いた短編を読んだ
コーネリアスという無名の男の 涙が出るほどおかしな物語
それがなぜ私の心をしめつけたのか?
二十年も昔に記憶の底に沈んだ詩人が
闇をつらぬく稲妻と烈しい豪雨の中から新しい発見のように甦ってきた

コーネリアスは宝くじで大当りし
観客のいっぱいつまった劇場で 司会役の若い男から
「お仕事は?」と訊かれ ほんとのことを口にしたがらない
そんな自分に怒りを感じて
つい「詩人」であると真実を告げる
(公衆の面前では 場違いな人間というのと同じだ)
それで時間つなぎに詩を聞かせてくれとせがまれ 聴衆のもとめに応じて
歴史というものが どんなにわれわれの野心や虚栄とくいちがうという
哲学的な詩をひどく陰気な声で吟誦する
聴衆の気まずい沈黙
「それはあなたの詩ですか?」
「いいえ、そうだといいのですが」
聴衆が失笑する
「現代最高の詩人 T・S・エリオットの作です」
ずっこけたコーネリアスは
ちょっとしたいざこざのあとで
印刷の不備でくじに外れた老楽師に 大当りの賞金を全部やってしまう
このハプニングに聴衆は喝采する
感傷に駆られてとはいえ コーネリアスには
ほかに自己証明の道がなかったのである
詩人の気前と品位にとっては 小さな犠牲で
たいせつなのは感情の純粋な喜び!
もう一度一人になるために
コーネリアスは濃霧の街を歩いて帰路につく
十四世紀のスコットランドの詩を口ずさみながら

 陽気であれ! 思いわずらうなかれ
  みじめな浮世の悲しみを!
 神をうやまい 友達には親切に
  隣人とは愉快に貸し借りせよ
 今夜のかれの幸運は明日にはきみのものだろう
  心を開け 冒険に
 賢者たちは言っている
 喜びなくして何の宝ぞと

 神の賜物を元気よく受けよ
  それだけが君の富だから
 使うもの以外に君の物はないのだぞ
  ……………………

それから物語のコーネリアスがどうなったかはわからない
私が知りうるのは シュワルツが一九六六年に五十三歳で死んだことだ
妻も子もなかったかれは タイムズ・スクエアに近い安ホテルの一室に住み
その日は夜どおし起きており 朝の四時にゴミを捨てに廊下へ出て
心臓発作で倒れ 救急車が到着する前に息をひきとったという
遺体は屍体置場に二日間放置されたままであった
ニューヨーク・タイムズの記者が死体置場のリストからかれの名をみつけ出し
最後は叔母のクララが遺体をもらいさげていった
かれが家を出たとき 母親は「棺桶に入って帰ってこい!」と言ったが
そのとおりになった
三十年代末から四十年代にかけて活躍し
アメリカのオーデンといわれたが
”フンボルトの天才”は四十歳で燃えつきてしまい
かれの名は雑誌やアンソロジーでさえめったに見かけなくなる
(私が忘れてしまうのも無理はない)
「蛇の穴」と称して大学にもぐりこみ 教鞭をとったこともあるが
エゴセントリックで報復的だったためか同僚にはうとまれていたらしい
アルコールと麻薬に蝕まれた生活で
アメリカ社会における成功の蔭にある失敗のさまざまな痕跡が
彼の肉体に刻まれていき
ニューヨークの屍体置場までつづくのである

ところで 日本の社会の日蔭を歩む
われわれのコーネリアスは いまどこにいるだろう?
制度の春を病むこともなく 不確定性の時代を生きて
自殺もせず 狂気にも陥らずに
われわれのコーネリアスはどこまで歩いていけるだろう?
口誦さむ一篇の詩がなくて!



「宿恋行」(昭和53)所収


■ひとつ前にもどる