◆第12回野間文芸新人賞受賞作−平成2年−

佐伯一麦「ショート・サーキット」 福武書店刊 (平成2・8)



◆受賞作・冒頭

 今朝も、メタリック・ブルーのBMWが、かれの目の前の道路の向う側にとまった。
 右手に緩やかな下り坂になっている道のすぐ先にある京王線の踏切に堰止められた車の列が後方へと延びていく。朝の通勤ラッシュのピークにあたる今の時間帯は、ようやく遮断機が上がったと思うのもつかのま、二三台の車を横断させるだけでまたすぐに閉まってしまう。甲高い断続音を響かせている警報機は、ずっと鳴りどおしだった。
 待ちくたびれうんざりした顔付で道端に目を移す運転手たちの視線にさらされながら、道路に面して駐車してあるワゴン車の荷台に、今日一日の予定の電気工事に必要な道具や材料を奥のプレハブ造りの倉庫から揃えて積み込むのが、毎朝この時間のかれの日課だった。すっかり顔馴染みになったダンプカーの運転手が、挨拶がわりに幹線道路の混み具合を知らせてくれたり、渋滞を利用して慌ただしくマイクロバスから降りてきて自動販売機の缶コーヒーやドリンク剤を買い込んでいく建設現場へ運ばれる人夫たちと軽口をたたくこともあった。
 いつものように、かれは、八時少し前にすっかり出掛ける支度を整え、ワゴン車の助手席で一服しながら純一が来るのを待っていた。BMWの運転席の青木夫人が、品のよい笑みを浮かべながら頭を下げ、車を少しだけ前進させた。




◆候補作

鷺沢萠「帰れぬ人びと」
盛田隆二「ストリート・チルドレン」
松本侑子「偽りのマリリン・モンロー」
佐藤健志「チングー・韓国の友人」
小川洋子「冷めない紅茶」
保坂和志「プレーンソング」




◆選評(抜粋)

秋山駿
 佐伯一麦氏のは、「ショート・サーキット」と「プレーリー・ドッグの街」を、一本にするような気持ちで読んだ。それは、東京という巨大都市における今日的な生の感触を捉えようとする試み、と思われた。主人公は電気工事人だが、作者がこの人間の中によく入っていた。(中略)一見古風な、奇を衒わぬ書き方にも好感を持った。ただし、自分が掴んだ独特の世界を、あまり小間切れに提出しないようにと望む。

柄谷行人
 候補作を読んで、唯一面白いと思ったのは、盛田隆二『ストリート・チルドレン』である。(中略)ここでは、花園神社を中心に新宿三百年の歴史が書かれている。といっても、実は「歴史」は決定的に不在である。深沢七郎の『笛吹川』と同じで、性交し屁をひるように子を産み落とすという反復には、歴史はありえないからだ。だが、この反復のなかにたえず違った様相があらわれ、あるいは、違った様相で同じことが繰り返されているといってもよい。

川村二郎
佐伯氏の作は一見して私小説の定式を踏襲していると見える。貧しさがあり、子供の病気があり、そのための家庭の不和がある。それが感傷的な脱出願望に結びつけば、ありきたりの抒情的生活苦物語にとどまったかもしれない。佐伯氏の作に感傷が絶無とはいわないが、それはきわめて微弱であって、むしろ、作の中心にいる若者が、自分の生活の条件を覚悟をきめて受け入れ、日々の要求に迷いなく応じて行く所に、物語の強く明確な線が浮き出てくる。

高橋英夫
『ショート・サーキット』を推した一人として今度の結果は喜ばしい。ほとんどの人――特に若い方の世代――が浮遊感覚で生きている今日、大都市の電気工事人という仕事に汗も血も流して生きる男を淡々と描いて読み手の心に響くものがある。(中略)作風が作風だけに、これからもひたむきに自分の足で、世の雑音など聞き流して、ゆっくり進んで下さいとお願いする。

三浦雅士
 松本侑子の「偽りのマリリン・モンロー」、佐藤健志の「チングー・韓国の友人」の二作が私には面白かった。細部に難点があるかもしれないが、とにかく時代をまるごと捉えようとしている。盛田隆二の「ストリート・チルドレン」を含めて、構えが大きければ粗も目立つのだろうが、いま要求されているのはむしろこういう系列の作品ではないか。




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