◆第5回三島賞受賞作−平成4年−
該当作品なし
◆候補作
伊井直行「雷山からの下山」
小林恭二「瓶の中の旅愁」
魚住陽子「公園」
野中柊「アンダーソン家のヨメ」
盛田隆二「サウダージ」
鷺沢萠「ほんとうの夏」
多和田葉子「三人関係」
◆選評(抜粋)
石原慎太郎
総じていえることは、この情報時代にすでに膾炙された風俗を、作者にとってはもの珍しいのかも知れぬが、さして強鞍でも個性的でもない文体でただ書きつづるということでろくな作品が出来上がる訳もない。それとまた一方、読んでいて訳のわからぬメタファが多すぎる。メタファというのはいわば知的なからくりなのだから、小説の核に本質的な主題が確固としてないのに安易なメタファの使用なんぞ逆効果でなんとも興ざめさせられる。
江藤淳
いったい何がいいたくて、誰に読ませるつもりでこんなものを書いているのだろう、と私は深く訝った。単に世の中には文芸雑誌というものがあって、こういうものを毎月載せてくれるからというだけのことではないだろうか。しかも、それが文芸雑誌に載れば、いつかは賞がもらえるかも知れないという期待が、あたりにそこはかとなく漂っているからというだけのことではないか。
筒井康隆
そんなうちにも石原氏、江藤氏は全候補作に対して「NOと言える」雰囲気を醸成し、あとの三人、それぞれに強く、弱く推す作品がありながら気勢に呑まれて強いて推せなかった。「瓶の中の旅愁」も他の全員から「笑えなかった」と言われたのではどうしようもない。ここでこの作品をいくら賞賛しても空しいだけだし、ほかの人が貶しているだろうから癪なのでこれ以上は書かず、読売新聞の書評欄で書くことにします。
宮本輝
今回は、ある選者が推した作品を、他の四人の選者が全否定し、別の選者が良しとするものを、また他の四人が全否定という形になり、どうにもこうにもならないまま、受賞作なしと決まった。私は、魚住陽子氏の「公園」を推した。(中略)小説らしい小説がなくなった昨今、小説家としての資質を持つ人が登場したと思って推したのだが、他の選者は歯牙にもかけていない様子だったので、気の弱い私は黙するしかなかった。
高橋源一郎
わたしが受賞作として推そうとしたのは第一に『雷山からの下山』であり、第二に『三人関係』であった。(中略)『雷山からの下山』の内容をひとことでいえば「日常生活にひそむ恐怖」ということになってしまう。だから、内容について論じても意味はない。この作品には、この作品が必要としている描写と地誌と静謐な文体が完備されている。そして、鋭い耳とでもいうべきものの存在をわたしはこの作品から感じることができた。
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