◆第79回芥川賞選評−昭和53年上半期−
高橋三千綱「九月の空」 初出「文芸」(昭和53・1)
高橋揆一郎「伸予」 初出「文芸」(昭和53・6)
◆受賞作・冒頭(高橋三千綱「九月の空」)
試合場になっている体育館に着いたときには、もう個人戦が始まっていた。広い体育館を四つに分け、それぞれの四角い枠の中で、防具を身につけた剣士たちが、掛声も高らかにぶつかり合っている。異様な熱気が勇の躯を包み込んだ。防具袋を背中にかついで、小走りに出場選手名を書いた紙の貼ってある壁に向かった。途中で何度か人とぶつかり、素振りをしている選手の竹刀の下をくぐり抜けた。四つに分かれたブロックのうちから、自分の名前が出ているところを捜し出さなくてはならない。
初めに見上げたのがBブロックの出場選手表だった。出場校が二十三校あり、各校より十名の選手が個人戦に出場しているため、一つのブロックには六十名近い選手の名が書かれている。トーナメント戦だが、六人抜いて初めてブロックの優勝ができ、勝ち残った四人でさらに三多摩の優勝者を決める。六月の大会で勇は初めて個人戦に出場し、二人抜いて三人目で敗れた。勇の高校の出場選手がほとんど一回戦で敗れていたことを思えば、それは善戦といえた。九月の中旬に試合が行なわれるのは、間に夏休みを挟んでいるからで、どの学校の選手も、夏の合宿を終えると見違えるほど強くなり、躯つきもたくましくなってくる。
「なにやってんだ、おまえは次の次だぞ」
◆受賞作・冒頭(高橋揆一郎「伸予」)
一
台所で海苔巻を作りながら、ときどきどんと胸をつかれる思いがする。
玄関のチャイムが鳴るにはまだ間があるのだけれど、伸予はそのたびに手を止めて居間を走り抜け、ベランダのガラス戸ごしに外を窺った。
雨がこやみなく降っていた。深い秋の景色が三日つづきの雨に打たれて地の底まで濡れそぼり、色あせてしまった。
活気というものがまるでない。
手前の雑木林ごしに、国道をしぶきをあげてゆく車が見えがくれしている。
山と海に挟まれた伸予の家は、国道から海側に折れて雑草の小径を少し下ったところにある。人家はまだ二、三軒しか建っていないから、小径の降り口に人影が立つのは稀である。
あいにくの雨だけれど、今日はまもなくそこに蝙蝠傘がひとつ現れるはずだった。
〈ブリキ屋の善吉〉の蝙蝠傘がほんとに現れるか現れないか、丈高い雑草の径を黒い傘がとんとんと下ってくるかこないか。
来るにきまっている。電話でよくたしかめ合ったのだから来るにきまっているけれども半信半疑である。
◆候補作
増田みず子「個室の鍵」
光岡明「草と草との距離」
重兼芳子「ベビーフード」
金鶴泳「鑿」
中野孝次「雪ふる年よ」
◆選評(抜粋)
丹羽文雄
高橋揆一郎君の「伸予」と高橋三千綱君の「九月の空」の当選は、大体予想されていた。三千綱君の今後を期待するが揆一郎君はもう立派に出来ている作家であった。滝井さんが新潮の揆一郎君の「別ればなし」を大へん褒めていたが、うなずける気がした。選者の中には作品と作者がつながっていないといっていた者がいたが、その評はきびしいと私は思った。
中村光夫
高橋三千綱氏の「九月の空」は題名通り、初秋の空のように爽やかな小説です。思春期を扱って厭味でなく、いわゆる青春小説が文学になり得た稀な例でしょう。とくに前半の少年の友情を描いた部分はすぐれていますが、後半に少女が登場すると急に筆がみだれて、興を削がれます。しかし考え方によれば、この目鼻だちのよすぎる小説に未熟な部分があるのは、作者の将来性を示す、とも云えましょう。
大江健三郎
高橋三千綱『九月の空』は、独立した短篇でなく、むしろ長篇の一部として構想されていよう。そこで先にのべた僕の基本線に対立するが、あえて僕はここに、前作にくらべてあきらかな方法の意識の深まりを見る。それはこの若い作家が、続いての『葡萄畑』で、あらためて立証してもいることだ。
開高健
私としては、終始、中野孝次『雪ふる年よ』を支持した。この作品は見るからに野暮で、不器用で、ギクシャクし、欠点はいくらでもある。しかし、それらのマイナスを蔽って全体に発熱していて、なぜこの作品が書かれなければならなかったかが、じわじわと伝ってくるのである。つまり、第一の美徳がある。
安岡章太郎
「伸予」の高橋揆一郎は一種ふしぎな作風である。「清吉の暦」には荷馬車の馬を炭坑の穴の中へ追いこむ描写があって、それだけでこの小説を憶えているのだが、こんどの「伸予」(なんてヘンな名前だろう)にも何か名状し難い色気がある。
吉行淳之介
「伸予」は、初老の女をあえて主人公にしたその力業が、うまく進んでいっているが、大江氏が指摘したように、作品世界と作者のつながりについてやはり曖昧なところができている。しかし、その力量はあきらかなので、作者のために弁じる用意が多少あった。しかし、予想外に票が集まった。
丸谷才一
高橋揆一郎さんの『伸予』はずいぶん上手な人情話である。これだけの技巧を見せられたら、いちおう感心するのが見物の態度だらう。さういふ意味でわたしは票を入れた。ただし、おしまひのところがいかにも芸がない。短篇小説の終りがむづかしいのは判つてゐるが、これではまだ基本のところが怪しいと言はれても仕方がなからう。
滝井孝作
高橋三千綱氏の「九月の空」は、学生たちの剣道郡の高校一年生が主人公の小説で、剣道の試合の描写もしっかりしてうまいが、それに女学生が出てくると匂うように花やかで、うまい短篇に仕立ててある。私は、よい作家が出てきたと注目した。
遠藤周作
高橋揆一郎氏の「伸予」は年下の男に長い愛情を持つ年輩の女の心理を探った小説だがその丁寧な描写と心の動きの掴えかたには感心した。ただ難を言うとこの年輩の女の心理分析が時々、類型的なところがあり(たとえば自分の肉体の衰えを見る場面)この類型的なところが多少、気になったが、しかし小説のうまさという点では今度の候補作のなかで一番である。
井上靖
今回もまた中野孝次氏の「雪ふる年よ」が一番よみごたえがあった。しゃれたところなどなく、むしろ不器用に書いているが、とにかく戦時下の、私などの知らない一つの青春を、ひたむきに書こうとし、書ききっていると思う。長篇の一部ではあり、芥川賞からはみだしているところがあって、選からもれたが、まあ、それはそれでいいだろうと思う。
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